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2020年5月16日 (土)

【私の武術慢歩】 太極拳に出会う

 就職先は東京の会社で、日本の商社とアメリカ第2のコンピュータ・メーカーの合弁会社で、半蔵門の真向かいの角にビルがあった。

 同期の新人3人が営業推進部というところに配属された。営業活動の支援をするということで、デモ・プログラムを書いたり、システム・エンジニア的な仕事だと言う。
 元が商社だけあって営業に力を入れているようで、東京での研修は座学の他にテリトリーを決められて飛び込みで営業(セールス)するというとんでもないもので、ストレスは半端ではなかった。
 さらに名古屋で1~2週間、静岡で1か月間の研修を終えて東京に戻ったのは、梅雨明けのころだった。

 仕事はデスクワークが主で、朝出勤すると先輩と一緒に近くの喫茶店で時間をつぶしたり、今では考えられない緩さだったが、そこも営業的だったのかもしれない。

 夏になると冷房が、効きすぎて、手足が冷たくなる。今まで冷房のある環境などなかったので、このままでは体を壊してしまうのでhあと不安だった。しかし仕事に慣れるのに精いっぱいで、何をすることもなく日が過ぎ、いつの間にか秋になっていた。
 そのころ松田隆智著『太極拳入門』、同『少林拳入門』を買った記憶がある。

 職場はビルの6階ですぐ目の前が半蔵門、その奥に皇居が広がっている。日本武道館の八角形の屋根を毎日眺めていて、そこで太極拳をやっていることは雑誌の立ち読みで知っていた。たぶん『月刊空手道』だったと思う。

 ずっと独身寮と会社の往復だけだったが、入社して半年も過ぎると会社生活にも慣れて、少し余裕が出てきた。
 10月のある日、それまで実際には見たことがない太極拳というものを見るだけでもと思い、武道館に行ってみることにした。同期の一人が行ってみたいというので、連れ立って出かけた。
 半蔵門から千鳥ヶ淵をめぐって北の丸公園へ。武道館の左端の方に下への階段があって、そこを降りると小さな柔道場があった。

 戸を開けると、10人から20人ぐらいの男女がゆっくりと蠢いている。初めて見る光景でこれが太極拳なんだという感じだったが、ふと横の同僚を見ると、不気味なものを見たような青い顔で「おれ帰る」と言うなりそそくさと帰っていった。
 長谷川さんという年嵩の女性が「ちょっとやってみる?」というので上がり込み、やってみると何とかできそうなので、そのまま入会することになった。
 みな思い思いの服装で、ジャージの人もいれば普通の洋服の人もいる。とりあえず裸足でやってみたが、「太極拳は靴を履いてやるものだ」そうで、畳なのに運動靴でやっている人が多い。中に白足袋でやっている人が印象的で、長谷川さんに聞いたら「品川さん、日本舞踊やってるのよ」ということだった。

 その時やっていたのは簡化24式太極拳といった。楊式太極拳を簡単にしたものらしい。式というのは技を数える単位だと教わった。

 会の名前は「日本太極拳協会」と言うことだった。この会はだいぶ昔に解散しており、現在ネットで検索するとヒットする同じ名前の団体とは、全く別物である。日本に大陸の太極拳を持ち込んだ、歴史的な団体ではある。

 教えている人が何人かいて、指導員と言うようだ。中野晴美氏が中心のようだった。その時いたかどうか定かでないが、運営のトップは専務理事の三浦英夫氏、その時分の会長は誰なのかは興味がなく知ろうともしなかった。その後は古井喜実氏や園田直氏が務めている。健康運動ということで、厚生大臣と関係があるということもあろうが、古井氏は日中友好に貢献したいわゆる「井戸掘り人」の一人である。

 協会では、先生に教えてもらうというより先輩に習う感じで堅苦しくなく、上下の区別とか先輩後輩とかうるさくないのが、私には心地良かった。呼び方も、三浦さん中野さんで、誰も先生とは呼んでいなかった。いや三浦先生はあったかもしれない。

 これが1974年秋のことである。いよいよ私の太極拳生活が始まった。
 次回は協会についてのあれこれ。

 

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