« 春の一日練習会日記(2023年4月15日) | トップページ | 形意拳講習会 開催のお知らせ/6月18日(日) »

2023年4月20日 (木)

【私の武術慢歩】 夜行列車で上海へ

 稽古は到着日以外は毎日欠かさず行っていた。太極拳、形意拳、八卦拳の細かいチェックが中心である。

 老師は「孫家拳はすべて教えた」と言っていたのだが、五日目の拝師の日の午前中に、師姐(姉弟子)の付淑元に「後藤に双刀を教えろ」と命じた。

 半日かけて覚えた後に、老師に「これは形意拳の双刀ですか」と聞いたら、
 「いや、少林拳のだ」
 どうも、私が遠い日本から来ているので、何か新しいものを教えなければ、と思っていたらしい。
 私は孫家拳以外はあまり興味がないので、
 「老師の顔を見て、孫家拳をチェックしていただければそれで良いのです」と言ったら、
 「そうか、そうか」と納得していた。ちょっと嬉しそうだった。

 稽古の合間に筆談を交えて話していた時に、次のように書いてくれた。

 「日本で孫家拳を練習するにあたって、お前たち二人は「人材」だ。正しい方法に則って練習し、暴力を求めたり、内家拳に不必要な動作(圧腿、負荷をかけること)をしないよう望む」
 「孫老先生(禄堂公のこと)の体は外見は弱そうに見えるが、いったん動けば若く力の強い者でも手を出すことはできなかった」

 
 9月21日、練拳後に老師宅で昼食をごちそうになり、夕方北京駅から夜行寝台列車で上海へ向かう。
 雷慕尼老師と剣雲老師が、駅まで見送りに来てくれた。他にも数人いて、私が履いていた藍染の綿パン(Gパンではない)を指して、
 「そのズボンは中国で買ったんだろう」と言うので、
 「いや、日本の浅草で買った日本製だよ」
 と答えても全然信じてもらえなかった。確かにそれっぽい感じだけれど。

 老師たちに「また来年来ます」と言って別れた。

 中国の列車の種類については「長春の活動」でも書いたとおり、硬座、軟座、硬臥、軟臥と4種類ある。
 今回は二段ベッドが2台の寝台列車で、部屋はコンパートメントでドアがあり(後に硬臥に乗ったとき、ドアが無かったと思う)、窓が大きく眺めが良い。
 暗くなってきて出発し、しばらくすると荒野が広がっている。煌々と十八夜の月が薄(すすき)の野原を照らして昼のようだ。
 「この辺が盧溝橋」
 と栗田さんが教えてくれた。

 1937年7月7日夜の盧溝橋。民国軍が演習中の日本軍に発砲した後、一人の日本兵がいなくなった。これが日中戦争(支那事変)の発端となる。いなくなった日本兵はただトイレに行っていただけだった、という話もある。

 スピードを上げた列車は時々カーブで大きな横Gを感じさせながら荒野を突き進む。外を眺めているうちに寝息が聞こえてきた。

 早朝上海に着く。
 今回は武術関係のことは何もなく、単なる観光だ。今テレビで見る上海とは大違いでまだ素朴な感じがある。レストランで食事して漢方薬など見る。

 ただ、例によってホテルで「中国人は入るな」と止められた。中国製に間違えられるズボンのせいか?
 誤解は解いたが空室が無く、近くのドミトリーに泊まった。薄いマットが敷いてある金網の簡易ベッドがズラリと並んでいる。初体験だ。

 他に特筆すべきこともなく、長崎経由成田行きの飛行機で帰路に就いた。
 機内で「正式に拝師弟子になって、私の孫家拳第二章が始まったのだ」としみじみ感じたのだった。

 

« 春の一日練習会日記(2023年4月15日) | トップページ | 形意拳講習会 開催のお知らせ/6月18日(日) »

5.後藤先生のブログ」カテゴリの記事

私の武術慢歩」カテゴリの記事

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ