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2023年4月10日 (月)

【私の武術慢歩】 拝師する

 1985年は孫剣雲老師来日のため訪中はせず、翌1986年9月に二年ぶりの訪中となった。
 日程は9月10日から21日まで北京、その後上海で遊んで23日に帰国と言うものだ。二週間の休暇は会社勤めの身としてはなかなかのものである。

 今回のメンバーは富田さんと栗田さんに私と妻の四人。富田さんと栗田さんは北京で合流となる。二人とも北京に留学した経験があるので、頼りがいがある。
 富田さんと私は孫家拳、栗田さんと私の妻は雷慕似尼老師に陳式太極拳を習う。

 訪中しなかった二年の間に、剣雲老師に大きな変化があった。それは郊外の団地に部屋をもらえたことである。それまでは「部屋がスーミーチ(四平米)しかないからお前たちを招くことができない」と言っていたが、老師のお宅にお邪魔できることになったのだ。

 北京空港には老師や劉師兄が迎えに出てくれていて、そのまま老師宅に行って晩御飯をごちそうになった。

 老師のお宅は安外安貞西里にある団地の二階にあった。

 北京は故宮を中心にして環状道路に何重にも囲まれており、内側から二環路、三環路と言うふうに呼ぶ。一環路はあまり聞かないがどうなっているのだろう。
 当時三環路の外は十分郊外と呼べる場所で、四環路もだいぶ後から整備されたはずだ。今は北京市も市街地が膨張して七環路ぐらいまであるはずである。
 安貞西里は三環路の北側の外(さらに北)にある。現在もう少し北上して四環路を越えるとオリンピック村(と言うのかな?)がある。

 老師のお宅のそばに大きな公園があり、そこで練拳する。陳式太極拳の二人は他の公園に行って雷老師に習う。

 ほとんど毎日昼食か夕食、時には両方とも老師宅でごちそうになった。
 毎日老師の弟子たちが入れ替わりやってくる。
 劉樹春、張振華、金継香、金継宏、王鉄漢、于季方、雷世泰、付淑元、孫永田、藏玉和などなど。孫庚辛は老師の身内、祖父が禄堂先生の弟子である陳小鳳は老師の世話をしてくれていて、この二人は厳密には弟子とは言えないが実質的には弟子同然というところか。

 9月14日、老師の弟子が自分の弟子を取るという話があり、「お前も拝師するか?」と聞かれ、即「お願いします」と答えた。
 拝師するのは富田さんと私の二人で、他のメンバーも立ち会って午後から拝師式を行った。
 
 老師はあまり古いしきたりにはこだわらない人で、拝師式はかなり簡略化したものだった。外国人なので配慮してくれた面が多々ありそうだ。
 私は拝師式がどういうものか全く知らないので、老師の言うとおりにしていただけである。

 テーブルに老師のご両親の写真(普段から飾ってある)、その前に果物やお菓子を供えている。
 拝師の誓いを書いたような赤い紙が供えてあり、拝師帖と言うらしい。老師が作っておいてくれたようだ。
 拝師する弟子の三代前まで遡って記入するのだが省略するとのこと。保証人の所には劉樹春の名前を入れたそうだ。
 先ず跪いて禄堂先生ご夫妻の写真に向かって三叩頭し、次に剣雲老師に向かって三叩頭するのだが、
 「お前たちは外国人だから立ったままで良い」と言われた。

 これで正式な弟子になったわけである。

 拝師した師のことは「師父」と呼ぶらしい。女性でも「師父」で良いのかと疑問に思っていたが、男女関係なく「師父」で良いらしい。
 とはいえ兄弟弟子たちも皆「老師、孫老師」と呼んでいるので、引き続きそのように呼ぶことにした。
 ちなみに禄堂先生のことは皆「ラオシエンション(老先生)」と呼ぶのが普通のようだった。親しみがこもっている感じだ。

 その後どこだったか忘れたが出かけて、宴会となった。
 弟子をとった兄弟子やほかの兄弟子たちが集って、結構な人数になった。
 まず剣雲老師の講話があって、その後宴会となり湖南料理が出た。

 湖南省は毛沢東の出身地である。

 剣雲老師によると湖南料理は四川料理よりも辛いそうで、湖南人は、
 「ブーパーラー(不怕辣)、ラーブーパーパー(不怕辣)、ブーラー(怕不辣)」だそうだ。
 「辛さを恐れず、辛くとも恐れず、辛くないことを恐れる」と言うことだと。

 これは四川人、湖南人、貴州人それぞれに当てた言葉だという説もあり、順番が別だという説もあるらしい。
 湖南料理は辛さに酸味も加わっており、このところ流行っているように思える酸辣湯は湖南料理がルーツと聞いたことがある。

 37年前のことで、場面のいくつかは思い浮かぶが、料理の味は覚えていない。老師が「辛いからあまり一杯食べるなよ」と配慮してくれた記憶がある。

 拝師弟子となったが、その後あまり変わったところもなく、以前から拝師弟子と同じ(またはそれ以上の)扱いをしてもらっていたと再認識したことである。
 ともあれ拝師式は割とあっさり終わったのであった。

 

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