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2023年7月18日 (火)

【私の武術慢歩】 軽功の話

 前出「孫剣雲老師との再会 その三」で、軽功の話を少し書いた。
 「その他の軽功(軽身功)の話はまた後で紹介しよう。」と書いたが果たせていなかったので、ここで紹介する。まず前出の話をおさらいする。

 1981年冬、孫剣雲老師と再会し、形意拳を習った時、練習の合間に軽功の初歩を教わった。
 テーブルの前に立って、両手をテーブルにつき両足で跳び乗り、すぐ後ろ向きに跳び降りる。これを繰り返す。
 慣れてきたら両手をテーブルにつかないで、同様にする。単純だが効果的な練習だと思う。

 昨年だったかテレビの番組で、スキージャンプ・男子の小林陵侑選手の練習風景が少し映ったが、胸ぐらいの高さの台に両足で踏み切って跳び乗り、すぐ後ろ向きに跳び降りるという、まったく同じ練習をやっていた。

 また長椅子の下を縦にくぐった話や、炮拳の最初の2歩で八メートル跳んだ話も書いた。


 ここから新しい話になる。ほとんどは稽古の合間に、剣雲老師から聞いた話だ。


 禄堂先生の道場での練習風景も教えてもらった。
 戸板よりもかなり大きくて厚い木の板を壁に立てかけて、そこを駆け上り、後ろ向きのまま跳んで降りる、というものだ。
 そして練度によって立てかける角度をだんだん急にしていく。最終的には垂直の壁を駆け上ることを目指す。
 大勢の弟子たちがこの練習をしているのは壮観だったろうと思う。

 剣雲老師の次兄(禄堂先生の二男)の存周先生は、垂直の壁を数歩駆け上ることができた。降りるのは後ろ向きである。
 禄堂先生は駆け上った後、クルリと後ろ向きになり背中を壁にピッタリ着けてしばらく留まり(一説に二分間ほど)、その後ツーッと滑り降りてきたそうだ。
 これを”壁上挂画”とか”挂壁”とか言うそうである(挂は掛と同じ)。


 禄堂先生の軽功に関する逸話はいろいろある。

 郭雲深先生に従って旅をしていた時、郭雲深先生は騎馬で禄堂先生はその後ろを走っていた。
 剣雲老師はこう言っていた。
 「世間では老先生(禄堂先生のこと)が馬の尻尾を掴んで走ったと言われているが、それは違う。
 腕を体の前に水平に出し、その上に尻尾を垂らして、落とさないように走ったんだ」

 この話には別バージョンがあって、走っていて疲れたら、馬の背の郭雲深先生の後ろに跳び乗って、気配に気づきそうになったら降りてまた走る、というものだ。
 この話は剣雲老師からは聞いていない。

 河北省で、軽功を使う盗賊が跋扈していて、一向に捕まらなかった。警察に追われると、高粱畑の穂の上に跳びのって走って逃げる。警察は下をかき分けながらなので追いつけない。高粱は雑穀で、白酒の原料にも使われる。かなり背が高く、3mぐらいになることもあるらしい。
 禄堂先生が捕縛を依頼されて赴き、盗賊が現れて追いかけると、やはり高粱の上に飛び乗って走る。禄堂先生も跳び乗って追いかけ、捕まえた。
 この話は当時の新聞にも載ったということだ。

 地方政府の幹部に宴席に招かれた時、余興に何かやってくれと言われた。とても失礼なことであるが、ことを荒立てないように「では」と言って、「壁に体の側面をぴったり着けて、反対側の腿を水平に上げる」ということをやった。
 皆はどういうことが分からず首を捻っているので、「では、できるかどうかやってみてください」と言う。やってみても誰一人できなかった。
 剣雲老師は、これができた人は禄堂先生以外見たことがない、と言っていた。もちろん私もできない。
 昔、『武藝』だったか武術雑誌のインタビューで紹介したことがある。「こんな感じ」と似た姿勢を写真に撮った。これはどんなものか紹介するために軸足を壁から少し離しているのでインチキである。最近「できるでしょ」と言われたことがあるのではっきりさせておきたい。できません。

 禄堂先生は走るのが早く、長距離を走り続けても疲れなかった。
 頭に被る笠を胸に当てて、落ちないように走った、と剣雲老師は言う。
 北京天津間を日帰りで駆けとおしたりは普通だった。

 他にもあったはずだが、とりあえずこのぐらいにしておこう。

 

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